境内のご案内Guide and Information

観智院かんちいんは、真言宗の勧学院。いわば、大学の研究室のようなところです。

東寺の三宝さんぽうといわれる頼宝らいほう杲宝ごうほう賢宝けんぽう
杲宝は観智院を創建し、賢宝は五大虚空蔵菩薩ごだいこくうぞうぼさつを本尊としてお祀りしました。

現在、本尊の五大虚空菩薩はメンテナンスのため拝観することができません。
6月中旬、東京国立博物館での展示が終了した後、順次公開の予定です。

真言宗の勧学院、観智院

食堂じきどうの北側にある北大門から北総門までの参道は、櫛笥小路くしげこうじといい、平安時代以来そのままの幅で残っている京都市内ただひとつの小路です。その小路の東側に建つのが、観智院です。

鎌倉時代、後宇多法皇によって東寺の寺僧の住房が計画され、南北朝時代の延文4年、1359年頃に杲宝が創建しました。杲宝の弟子、賢宝は、本尊の五大虚空蔵菩薩を安置しました。

ここで杲宝や賢宝は、東寺に伝わる数多くの文書類を編纂。杲宝や賢宝が集めた密教の聖教類は1万5千件以上あり、その数もさることながら質的水準も高く、わが国における貴重な文化遺産となっています。

江戸時代には、徳川家康の黒印状にあるように真言宗一宗の勧学院と呼ばれました。

客殿

観智院客殿

国宝 観智院客殿 桃山時代(慶長10年/1605年) 入母屋造 こけら葺

国宝の客殿は、江戸時代のはじめ、第10世亮盛りょうせいが再建しました。

唐破風からはふ付の車寄せや押板おしいた形式の床の間といった中世の住宅様式を残しながら、柱の間隔を畳割りで決めるなど、近世の書院造へと移り変わる様子をうかがい知ることができる貴重な建物です。

客殿内部は、上段の間、次の間、羅城の間、あんの間、使者の間からなり、上段の間には、宮本武蔵筆の「鷲の図」と「竹林の図」が描かれています。

本堂

智慧ちえの仏、五大虚空蔵菩薩ごだいこくうぞうぼさつ

重要文化財 五大虚空蔵菩薩坐像 唐時代 木造

五代虚空蔵菩薩は、6月中旬、東京国立博物館での展示が終了した後、順次公開の予定です。

客殿の東側には、観智院の本堂があります。本尊は、五大虚空蔵菩薩です。
五尊はいずれも蓮の花弁でかたどられた蓮台に結跏趺坐けっかふざし、獅子、象、馬、孔雀、迦楼羅かるらという鳥獣の上に鎮座しています。

山科の安祥寺あんしょうじ恵運えうんが請来したと伝えられ、学僧の賢宝が安祥寺から移して本尊としました。まさに密教教学の勧学院としての観智院にふさわしい智慧の仏です。

愛染明王の梵名は、ガーラといい、赤い色という意味です。経典には、人々を招き寄せて煩悩即菩提ぼんのうそくぼだいの境地に入らせる仏さまと書かれています。

煩悩即菩提とは、煩悩を離れて別に悟りはないという密教の教えです。

愛染明王(あいぜんみょうおう)坐像 江戸時代 木造彩色

茶室

茶室 楓泉観ふうせんかん

本堂の北側に、茶室、楓泉観があります。
本席の床の間にある「楓泉観」という額は、明治時代に山階宮晃親王が揮毫したものです。

この茶室には襖絵が多く、江戸幕府御用絵師の狩野氏信筆の楼閣山水図や、
尾張の南画を代表する中林竹洞筆の秋草図があります。

茶室に座り、庭を眺めてください。
露地には鹿威ししおどし、石灯籠やつくばいが、季節を彩るつつじ、あじさい、かえでなどの
植物とともにレイアウトされ、心を洗われるような空間をつくりあげています。

茶室本席の戸袋、腰襖に描かれた東方朔図