境内のご案内Guide and Information

重要文化財 講堂 室町時代(延徳3年/1491年) 入母屋造 本瓦葺

ここは、秘密の仏教の入口。
弘法大師空海が伝えたかった、
密教の教えを表しています。

講堂の中心は、寺域の中心。
そこに安置された大日如来は、
宇宙の中心とされています。

2月25日(月)より、特別展「国宝 東寺-空海と仏像曼荼羅」に伴い、
立体曼荼羅21体の仏像を揃って拝観することができなくなります。
6月中旬、東京国立博物館での展示が終了した後、順次公開の予定です。

東寺の中心、つまり密教の中心的建物

境内は、東西255メートル、南北515メートルの長方形。
その寺域のなかで大伽藍が建っているエリアは、東西南北とも255メートルでほぼ正方形です。
その中心に講堂は位置しています。

国立の寺院だった東寺を託された弘法大師空海は、人生のすべてを注いで、密教という教えを伝えようとしました。その中心的な建物として位置づけたのが講堂です。

弘法大師絵巻 講堂起立

工事は、弘仁14年、823年にはじめられ、16年後の承和6年、839年に完成。当時は、講堂と金堂の周囲を廻廊かいろうが巡りふたつの大伽藍だいがらんをつないでいました。

しかし、文明18年、1486年に金堂、南大門などとともに焼失。金堂が桃山時代、南大門が江戸時代に入ってからようやく再建できたのに対し、講堂は焼失より5年後に、最優先で再建されました。それが、いま、私たちの前にある講堂です。

弘法大師空海が護摩を焚いた跡だろうか

平成12年、2000年に行われた諸尊の修理の時、驚くような発見がありました。須弥壇しゅみだんの下から、薄い木を焼いた跡が発見されたのです。

講堂の基礎工事が終わり、須弥壇の基礎ができあがった段階で弘法大師空海が、鎮壇ちんだんの意味で、護摩を焚いたのではないかとも、いわれています。